金閣寺(鹿苑寺)

金閣寺

金閣寺の正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)で、金箔の建物で有名な舎利殿が金閣です。この舎利殿は寺全体が金閣寺と称されるほどの存在感があります。

金閣寺(鹿苑寺)の基本情報

よみがなきんかくじ(ろくおんじ)
建立年1397年(応永4年)
アクセス京都駅から京都市営バス101, 205号系統「金閣寺道」下車
四条河原町から京都市営バス205号系統「金閣寺道」下車
四条河原町から京都市営バス12, 59号系統「金閣寺前」下車
三条京阪から京都市営バス12, 59号系統「金閣寺前」下車
駐車場150台 1時間以内 300円 以後30分毎 150円
(駐車場は8:40~17:10)
拝観料大人・高校生 400円 小・中学生 300円
拝観時間9:00~17:00
住所〒603-8361 京都府京都市北区金閣寺町1
電話075-461-0013
公式サイトhttps://www.shokoku-ji.jp/kinkakuji/
(相国寺サイト内)

金閣寺の歴史

室町幕府の三代将軍、足利義満が建造

鎌倉時代に西園寺公経(さいおんじきんつね)の別荘の北山第があり、それを気に入った義満が西園寺家から譲り受けて金閣を中心とした庭園、山荘北山殿を造りました。義満の死後に義満の法号鹿苑院殿から二文字をとって鹿苑寺と名付けられました。

北山文化

金閣や庭園は政治の要所としても機能しました。隠居をしても政治的実権をにぎる義政は金閣に要人を招いたり、明との貿易などで文化的にも貢献があったとされています。公家や武家の文化や貿易を通じた大陸文化、禅宗などさまざまな文化の影響を受けたもので北山文化と称されています。

解体修理と再建

金閣寺が解体修理されたのは1904年(明治37年)です。後に国宝にも指定されましたが1950年(昭和25年)に放火されて金閣は消失してしまいます。このとき足利義満の木像などの文化財も同時に失われてしまいました。その後、放火による金閣消失から5年を経た1955年(昭和30年)に再建されました。明治に行われた解体修理のときの資料が基になっています。金閣寺の屋根の天辺に居る鳳凰もこの時に新調されたもので旧鳳凰は明治の解体修理の時に再用に耐えないとして寺に保存されていました。

金閣寺の境内

金閣寺の場所から東側にある駐車場から総門へ向かって歩いていくと舟形石という長細い石が横たわっています。総門から少し進んで拝観料を払うとお札を貰えます。入り口でこのお札を見せるとパンフレットがもらえて中に入ることができます。順路通りに進むと池と金閣が見えてきて少し開けた場所で金閣をバックに記念撮影をする人が多かったように思います。順路と途中にお賽銭を投げるような場所があったり出口を出てからの石畳も良い雰囲気でした。

京都市中心部で雪が積もるのは珍しいので、左の写真のような金閣寺はなかなか見られません。

金閣寺の関連情報

ユネスコ世界遺産

金閣寺は古都京都の文化財として1994年12月17日に世界遺産として登録されました。他に銀閣寺などを含む17ヶ所が同時に登録されています。

金閣寺の金箔の量

舎利殿の2層と3層に漆の上から金箔が張られていて、1987年(昭和62年)の秋に漆の塗り替えや金箔の張り替えが行われて2003年(平成15年)の春に屋根の葺き替えが行われました。このときの修復作業で使われた金箔の量は20キログラムで総工費は7億円を超える額だったそうです。

金閣寺と銀閣寺

金閣寺は銀閣寺と並んで臨済宗相国寺派(本山は相国寺)のお寺です。京都市営バスの102号系統は金閣寺と銀閣寺を結ぶコースを移動することができます。京都市営バス204号系統(巡回系統)も102号系統より迂回しますが巡回コースが金閣寺と銀閣寺の近くを通ります。観光プランに金閣寺と銀閣寺が入っている場合に便利な路線です。

仁和寺と龍安寺

金閣寺の近くにはユネスコ世界遺産に古都京都の文化財として登録されている龍安寺や仁和寺があります。京都市営バス59号系統を利用すると龍安寺と仁和寺に行きやすいです。徒歩でも可能ですが金閣寺から龍安寺まで所要時間は30分程度はかかると思います。金閣寺のすぐ北には五山の送り火で有名な「左大文字」があります。点火される日は毎年8月16日ですが、点火されていなくても日中であれば山肌に「大」の文字を確認することができます。

関連リンク

おすすめ散歩コース:「金閣寺周辺」コースで紹介しています。

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